京都地方裁判所 昭和37年(ワ)1044号 判決 1965年10月02日
原告 富岡専之助
右訴訟代理人弁護士 池口勝磨
被告 下中峯太郎
右訴訟代理人弁護士 小林為太郎
被告 林悦子
主文
1、被告下中峯太郎は原告に対し、別紙目録記載の物件につき、昭和三七年一〇月三日京都地方法務局受付第二七、七二四号をもって為された所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
2、被告林悦子は、別紙目録記載の物件につき、その登記名義を回復したときは、原告に対し、右物件につき所有権移転登記手続をせよ。
3、訴訟費用は被告等の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
「一、別紙目録記載の物件(以下本件物件と略称する)は、原告が昭和三四年一一月三〇日訴外中谷麻子から代金一一五万円で買受けてその所有権を取得し、同年一二月二日所有権移転請求権保全の仮登記を了していたものであるが、当時、原告は訴外朝田から本件物件等について差押等を受ける虞があったことから、知人であった被告林との間で、被告林は原告から請求のあったときは直ちに原告名義に所有権移転登記手続をする旨の約定をした上、昭和三六年六月三〇日に被告林が本件物件を購入したものとして、被告林名義で所有権移転登記手続をなしていたものである。
二、従って、原告と被告林との間でなされた所有権移転行為は、通謀虚偽表示によるものであって無効であり、本件物件は依然原告の所有に属し、被告林は単に登記簿上の名義人であるに過ぎないところ、本件物件には被告下中の為の主文第一項掲記のとおりの売買を原因とする所有権移転登記がなされている。
三、しかしながら、原告は被告下中に本件物件を売却したこともなく、又、被告林も被告下中に本件物件を売却したことはなく、右登記は何等の権利取得原因なくして為された無効のものである。
四、よって原告は、真の所有権者として被告下中に対し、前記被告下中の為の所有権移転登記の抹消登記手続をなすことを求めるとともに、被告林に対し、約定に基き本件物件につき所有権移転登記手続をなすことを求める。
五、被告下中主張二ないし四の事実はすべて争う。
即ち、被告下中の為の所有権移転登記は、被告下中の娘婿である訴外栗原二郎が、本件物件の所有名義人が被告林となっていることを奇貨とし、被告林と謀り、同人に僅かの金員を与えて行方を晦ませた上、売買名下に義父の被告下中名義で所有権移転登記をなしたに過ぎず、被告下中主張の如き売買はなかったものである。
六、仮に、被告下中において、被告林から何等かの原因により所有権の移転を受けたとしても、被告下中は、娘婿の訴外栗原二郎から本件物件につき被告林の無権利者であることを聞知っていたものであるから、その所有権取得をもって原告に対抗することができないものである。
七、被告下中が、被告林の無権利者であることを知らなかったとしても、当時被告下中は入院中であり、訴外栗原二郎が被告下中の代理人として被告林と取引をしたものであるが、訴外栗原は、被告林が単に登記簿上の名義人に過ぎず、真の所有者が原告であることを知悉していたものであるから、本人である被告下中も又悪意の取得者であり、その所有権取得をもって原告に対抗することができないものである。」
被告下中訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、請求原因に対する答弁及び抗弁として次のとおり述べた。
「一、原告主張一ないし四の事実中、本件物件が元訴外中谷麻子の所有であったこと、本件物件に、原告主張のとおりの原告の為の所有権移転登記請求権保全の仮登記、被告林及び被告下中の為の所有権移転の各登記のなされていることは認めるが、その余の事実はすべて争う。
本件物件の所有権者は、被告林であって原告ではない。
二、そして、被告下中は、本件物件の所有権者である被告林から買受け、その所有権を取得したものである。
二、仮に、原告主張のとおり、被告林が登記簿上の名義人であるに過ぎなかったとしても、原告の右非真意行為につき被告林においてその真意を知り、又は之を知ることを得なかったものであるから所有権は適法有効に被告林に移転しており、この被告林から買受けた被告下中も適法有効にその所有権を取得したものである。
四、又、原告と被告林との間で、原告主張のとおりの約定があったとしても、右行為は原告と被告林との間で為された虚偽表示であるから、被告林が所有権者であることを信じて買受けた被告下中は善意の第三者であり、原告は被告下中に対して右虚偽表示の無効をもって対抗することができない。従って、被告下中は、適法有効に本件物件の所有権を取得したものである。
五、原告主張六、七の事実はすべて否認する。」
立証 ≪以下省略≫
理由
一、先づ、原告において、本件物件は原告が昭和三四年一一月三〇日訴外中谷麻子から代金一一五万円で買受け、その所有権を取得したものであると主張し、被告下中は、被告林が本件物件の所有者であると争うので、この点について判断する。
≪証拠省略≫を綜合すると、原告が昭和三四年一一月三〇日に本件物件を訴外中谷麻子から買受け、その所有権を取得したことが認められ、右認定に反する≪証拠省略≫は、前示各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
二、そして、≪証拠省略≫を綜合すると、原告は、その後昭和三四年一二月二日、本件物件につき所有権移転請求権保全の仮登記を了していたが、訴外朝田との間で売買手附金の返還に関して紛争が生じ、同人から本件物件の仮差押等を受ける虞れが生じたため、弁護士の意見を聞いたりした上、原告と被告林との間で、被告林名義で所有権移転登記手続をする旨協議の上、昭和三六年七月一二日、被告林名義で売買を原因とする所有権移転登記手続を了したことが認められ、右認定に反する≪証拠省略≫は、前示各証拠に照らしてたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
≪証拠省略≫によると、昭和三六年七月一二日に本件物件について被告林名義で所有権移転登記がなされ、又、被告林が訴外栗原二郎から金七〇万円を借受けるに際し、本件物件に抵当権を設定するとともに、債務不履行を停止条件とする代物弁済契約を締結することを原告においてもこれを認めていたことが認められ、この事実からすると、原告が被告林に本件物件の処分権を与えていたかの如く窺えるけれども、前示認定のとおり、原告が本件物件の所有名義人を被告林としたことは、本件物件についての債権者の追及を免れる為であったと認められることや、これらの事実と弁論の全趣旨に照らし原告が連帯保証人となり担保を提供したものの、その所有名義を被告林としていたことからかかる方式を採ったと窺えること、又、前段認定のとおり本件物件の買受人が原告であり、更に、原告から被告林への実体的に所有権を移転したと認められる事情すら認められないこと等を合わせ考えると、単に本件物件の所有名義人が被告林であり、又、原告が被告林名義の物件に抵当権を設定させ、代物弁済契約を締結することを是認していた事実のみをもって、直ちに本件物件の所有者が原告であり、又、原告と被告林との間の所有権移転行為が通謀虚偽表示と認められる前示認定を覆えし、被告林が本件物件の所有者であると認めるに足る資料とはなし難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
三、以上認定の事実からすると、原告と被告林との間で為された所有権移転行為は、原告と被告林とが通じて為した虚偽表示によるものであり、無効のものと認められる。
四、被告下中は、原告の右行為が非真意によるものとしても、被告林においては原告の真意を知らず、又、知ることを得なかったものであるから、被告林に対して原告はその無効を主張し得ず、従って、被告林から本件物件を買受けた被告下中に対してもその無効を主張し得ないと抗争するけれども、被告林が、原告と通謀して為した虚偽表示であると認められることは前示認定のとおりであり、被告林が原告の真意を知らず、又知ることを得なかったことを認めるに足る証拠は全くないので、被告下中の右主張はその余の点に触れるまでもなく失当であるので採用しない。
五、次に被告下中は、本件物件を被告林から買受け、その所有権を取得したものであり、かつ、被告林が真の所有者であることを信じて買受けた善意の第三者であるから、原告は前示虚偽表示の無効をもって被告下中に対抗することができないと主張し、原告はこれを争うので考察する。
本件物件に、昭和三七年一〇月三日京都地方法務局受付第二七七二四号をもって、昭和三七年一〇月二日売買を原因とする被告下中の為の所有権移転登記のなされていることは、原告と被告下中との間で争いがないが、被告下中においては、右売買の内容を全く明らかに主張せず、その主張自体不明確で失当であるばかりか、≪証拠省略≫を綜合すると、当時、被告下中は病気入院中であった為、本件売買には直接関与せず、すべて娘婿で金融業者である栗原二郎が売買価格その他の交渉に当り、同人が被告下中の代理人として代金二七〇万円で買受けたことが認められるけれども、右栗原二郎は、昭和三六年七月頃から原告及び被告林を金融を通じて知悉していたばかりでなく、昭和三六年七月、原告を連帯保証人として被告林に金七〇万円を貸付けるに際し、当時本件物件には原告の為の所有権移転請求権保全の仮登記が存するだけで、未だ被告林の為の所有権移転登記のなされていなかったことを知っていた上、被告林の為の所有権移転登記、栗原二郎の為の抵当権設定並びに停止条件付代物弁済を原因とする所有権移転請求権保全仮登記等すべて栗原二郎、原告、被告林の三者が協議の上為されたものであること、この間栗原二郎においては、本件物件を被告林名義とすることに原告の同意を得たものの、原告から本件物件の真の所有者が原告であることを告げられ、右事実を知っていたこと、その後、被告林は本件物件が自己名義となっていることを奇貨とし、再三に亘り相談に赴いた弁護士平井勝也、宮川嘉一郎、同武藤達雄から、被告林において自由に処分し得ない旨の説明を受けていながら、これを原告不知の間に売却しようと図っていたこと、そして、栗原二郎を通じて売却したものの、被告林に対しては右売買代金の内僅か八〇万円が渡されたに過ぎないこと、しかも、被告林は、弁護士である武藤達雄に対し「自己に権利のないことを知っていて栗原に安く叩かれた」旨述べており、その後間もなく所在不明となった事実が認められ、これらの事実を綜合すると、被告下中の代理人である栗原二郎は、被告林が単に登記簿上の名義人であり、真の所有権者が原告であることを知りながら、被告林から本件物件を買受けたものと認められるのであって、右認定に反する証人栗原二郎(第一、第二回)、同下中春乃の各供述部分は、右各証人の供述自体矛盾が甚だしく、又、相互に著しい齟齬があって信用性に乏しく前掲各証拠に照らして到底信用することができず、他に右認定を覆えし、被告下中の主張事実を認めるに足る証拠はない。
六、そうだとすると、被告下中は原告に対し、その所有権取得をもって原告に対抗することができないものであるから、真の所有権者たる原告に対し、主文第一項掲記のとおりの所有権移転登記の抹消登記手続をすべき義務があると言わねばならない。
七、そして、被告林も又、原告と被告林との間の所有権移転行為が通謀虚偽表示によるものであることは前示認定のとおりであるから、登記名義を有しない所有者たる原告に対し、真の所有権の帰属に対応させるため、被告林名義の回復したとき、原告に対し所有権移転登記手続をなすべき義務がある。
八、以上認定のとおり、原告の被告下中、同林に対する本請求はいずれも正当であるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石田恒良)